中部経済新聞連載コラム Windowを閉じる
「女性社長の視点」  

 2005年7月29日
第10回 消えていく寿退社の風景

前回のコラムの続きですが、大卒の女性が22歳で社会に出て、新入社員として仕事を始めます。私達経営者仲間の間でも、よく新卒の社員を採用する場合に言われることは「新卒は最初の1年は直接会社の役には立たない(場合が多い)。本人にとっては社会を知る時期で、会社は人材として育てる時期だ。本当に会社にとってプラスを生むようになってくれるまでには時間がかかる。」

こういう観点から言っても、せっかく就職したのに、会社のお役にも立てずに辞めてしまっては本人も不本意でしょうし、雇った会社としても育てた努力が花咲く前に水の泡になってしまいます。双方にとって都合よく、納得いく道はといえば、それなりの期間、勤めてもらってお互いが相手からプラスを得られる状況になることでしょう。

私が就職した会社では、当時は通称「寿退社」といって、女性は結婚して会社を辞めるのが通常でした。みんなから色紙におめでとうの言葉をもらい、お祝いをいただき、花束を贈られて退職の日を迎えます。そう、今思えば、当時の女性社員は「その日」を目指して日々を過ごしていたかのようです。私がOLになって初めて先輩の寿退社を経験したのは、ちょうど入社して1年後、私の直接の教育係だった先輩で、美人で、しかも頭もよく性格もいい憧れの先輩でした。私はその先輩から仕事の進め方のノウハウから始め、原稿を書く「文字」まで、仕事で必要なすべてを教わりました。当時はまだPCも今のように発達・浸透しておらず、各部署で出す膨大な資料を何人もの女子社員が手書きで作成するため、資料の見映えにばらつきがあってはいけないという理由から、その部署で統一された特徴をもつ「文字の書き方」がありました。PCが通常の資料作成ツールとなっている今では、字が綺麗なことはビジネス上ではあまり重視されないのかもしれませんが、私はやはり字がキレイな人は素敵だなと感じます。最近ではとても身近に接しているのにその人の書く「文字」を知らないということがあり得るのかもしれませんが、十数年前には大手メーカーや商社でもこのようなアナログ作業が当たり前に行われていました。

そうやって先輩に仕事のすべてを教わり、その先輩が辞める時には私がすっかりその先輩の担当していた仕事を行える状態になっていたのです。先輩が以前に作成した資料を私が修正しても、2人の字には差がありません。今でも、同じ部署だった先輩や同期の友人から年賀状が来ると、宛名に書かれた私の住所や名前の文字をみて、しみじみ自分の字と同じであることを痛感します。これは実はすごい仕組みです。入社した段階で、結婚退職による世代交代、つまり女性社員は数年で辞めることが前提となっており、教育から業務の引き継ぎまでが滞らないように行われていたわけです。しかし、最近は私が就職したこの大手メーカーでも、寿退社はめっきり減っているようです。現に私の同期たちも結婚・出産を経て会社の育児休暇をフルに活用してこれまで通り、同じ職場で働き続けています。

もし、私がもう数年遅く生まれていたら、きっと今の私はありません。起業することもなく、結婚しても仕事を続ける先輩を見て、女性総合職となり、海外赴任希望を出したりして、キャリアを積んで、入社した会社の中でバリバリ仕事をしているのでしょう。

(株)ラッシュ・インターナショナル 代表取締役 倉田雅美子


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